持ち家は資産か、負債か。売らずに貸した私の結論

住まいとお金

第6章 持ち家は資産か、負債か。売らずに貸した私の結論

ここまで、5つの章に分けて書いてきた。

4LDKの木の香りがする自慢の家(第1章)。その家に、実は月9.7万円ものお金がかかっていたという事実(第2章)。売るか貸すかで悩み、査定額4,500万円を断って貸すことを選んだ経緯(第3章)。狭くなった1LDKで、かえって増えた家族の時間(第4章)。そして、手放したことで浮いたお金を、貯めすぎず使いすぎず、今を豊かにするために使うようになった話(第5章)。

この最終章では、ここまでの話を振り返りながら、「持ち家は資産か、負債か」という、いちばん大きな問いに、私なりの結論を出そうと思う。

「家を持ってこそ一人前」という呪縛

第1章で書いたとおり、私はかつて「家を持ってこそ、一人前の男だ」と信じていた。マイホームはゴールであり、正解であり、疑う余地のないものだった。

でも、いま振り返ると、あの頃の私は、家にかかるお金の中身を、ちゃんと見ていなかった。ローンの返済額だけを見て「家賃より安い」と安心していた。固定資産税、保険、浄化槽、修繕費——それらを全部足したら、月9.7万円になっていたという事実(第2章)に、当時の私は気づいていなかった。数字を知らないまま、「持ち家は資産だ」という言葉を、そのまま信じていたのだ。

資産か負債かは、「誰が」「どう使うか」で決まる

結論から言う。持ち家は、資産にも負債にもなる。それを決めるのは、家そのものではなく、住む人がどう向き合うかだ。

私たち家族にとって、あの4LDKの家は、住み続ける限り「負債」だった。毎月お金が出ていくだけで、何も生み出さない。修繕費という予測できない出費に怯え、家族旅行を我慢してまで維持する対象だった。

でも、貸すことに決めた瞬間、同じ家が「資産」に変わった(第3章)。実質利回り9%台。毎月約10万円を生み出す場所になった。家という「モノ」は何も変わっていない。変わったのは、私たちとその家との関係だけだ。

だから、「持ち家は資産か負債か」という問いに、一般論としての正解はないと思っている。あるのは、「その家を、あなたはどう使うつもりか」という、もっと個人的な問いだけだ。

広さを手放して、初めて見えたもの

もうひとつ、この連載を通して伝えたかったことがある。広さや持ち物の多さは、そのまま豊かさではないということだ。

4LDKから1LDKへ。広さは半分以下になった。食器は減らし、食洗機もなくなった(第4章)。それでも、家族が集まる時間は増え、会話は増え、子どもたちは「怖くない、楽しい」と言うようになった。狭さと引き換えに、私たちは近さを手に入れた。

お金についても、同じことが言えると思う。貯めることも、使うことも、どちらか一方に偏れば正解にはならない。貯めすぎても、死ぬときにお金が残るだけだ。使いすぎれば、将来の安心を失う。大事なのは、「今」と「将来」の両方に、ちゃんと目を配ることだった(第5章)。

この連載で、いちばん伝えたかったこと

「家賃はもったいない」「家を持ってこそ一人前」「貯金は多いほどいい」。私たちの周りには、こうした「なんとなく正しいとされている話」がたくさんある。

私自身、そのすべてを一度は信じて、そして一つずつ、数字で確かめ直してきた。持ち家のコストを書き出し、査定を取って売却と賃貸を比べ、火災保険の中身を見直し、お金の使い道を考え直した。そのたびに、「なんとなく」で信じていたことが、自分の家庭には当てはまらないと分かった。

だから、もしいまあなたが、持ち家か賃貸かで迷っているなら、あるいは家を売るか貸すかで悩んでいるなら、伝えたいことは一つだ。誰かの正解を、そのまま自分の正解にしないでほしい。

まず、自分の家の数字を知ること。いまの住居費はいくらか。査定に出したらいくらになるか。貸したら、いくら手元に残るのか。数字さえ揃えば、あとは自分の家族にとって何が豊かかを、自分で選べばいい。

私たち家族は、狭い家を選んだ。それでも後悔していない。

この連載が、あなたが自分の家族にとっての「正解」を考えるきっかけになれば、これほど嬉しいことはない。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました