家族5人、マイホームから1LDK賃貸へ。それでも後悔していない理由

住まいとお金

第1章 手放す前の、あの家での暮らし

家族が一人増えるタイミングで、私は逆に、家を狭くした。

4LDKの一戸建てから、1LDKの賃貸アパートへ。広さを、半分以下にする選択。普通なら「もっと広い家を」と考える場面で、私たち家族は反対の方向へ歩いた。

なぜ、そんな決断をしたのか。それを話すには、まず手放したあの家が、どれだけ良い家だったかから始めないといけない。

木の香りがする、自慢の家だった

前の家は、木造の4LDKだった。

玄関を開けると、木のいい香りがした。天井が高くて、部屋全体が広々と感じられて、リビングではシーリングファンがゆっくり回っていた。正直に言えば、高級感すら漂っていて、「これが我が家だ」と思えることが、当時の私の誇りだった。

子どもたちにとっては、家そのものが遊び場だった。リビングと子ども部屋、そして和室がフルオープンにつながると、雨の日でも関係なかった。家の中にトランポリンを置いて飛び跳ね、室内用の乗用玩具を乗り回し、ジャングルジムによじ登る。天気に左右されずに、思いきり体を動かして遊べた。

晴れた日は、芝生の庭が舞台になった。ボールを蹴り、夏にはプールを広げ、家族でバーベキューを囲む。雨が降っても、屋根付きの車庫があったから、子どもたちは濡れずに遊び続けられた。

広い家、広い庭、広い車庫、十分すぎるほどの収納。手に入れたかったものが、全部そこにあった。

「家を持ってこそ一人前」だと思っていた

そもそも、なぜこの家を買ったのか。

きっかけは、親に勧められた土地だった。物音や子どもの鳴き声を気にせず、のびのびと遊ばせてやりたい。その思いが、私の背中を押した。公務員という仕事柄、住宅ローンの審査も通りやすかった。

そして何より、当時の私はこう信じていた。

「家を持ってこそ、一人前の男だ」と。

このマイホームで、家族と一緒に、死ぬまで心豊かに暮らしていく。その未来を、何の疑いもなく思い描いていた。家を買うことは、ゴールであり、正解だと信じていた。

だから、この家を手放すと決めたとき、誰よりも自分自身が驚いたのだ。

少しずつ募っていった、「あれ?」という違和感

満たされていたはずの暮らしに、小さな引っかかりが生まれ始めたのは、いつ頃からだったろう。

広い家には、子どもたちがまだ幼くて使わない部屋があった。風呂やトイレはリビングから離れていて、子どもたちは怖がって、一人で近づこうとしなかった。広さは、必ずしも便利さではなかった。

掃除も追いつかなくなった。部屋数が多く、面積も広いぶん、どれだけこまめに掃除をしても、行き届かない場所が出てくる。庭の芝生は、夏になれば数日で雑草に覆われた。庭の汚れも気になる。台風が来れば、その対策にも追われた。

そして、住んで6年目あたりから、家のあちこちが不具合を起こし始めた。エアコン、コンロ、トイレ。直すたびに出費がかさみ、そのたびに、小さなイライラが積み重なっていった。

「家賃を払い続けるのはもったいない」「家は資産になるんだから、絶対に買ったほうがいい」——周りのそんな声を、私は鵜呑みにしていた。

でも、あるとき、ふと立ち止まった。

あれ? 出費が、どんどん増えていっているぞ。

大好きだった家族旅行さえ、我慢するようになっていた。家族のために買ったはずの家のために、家族との時間を諦めている。

あれ? 家族のためって、何だったんだ?

立地は良く、住み心地に文句はなかった。だからこそ、ひとつの考えが頭をよぎった。

——この家を、賃貸に出してみたらどうだろう。そして自分たちは、もっと身軽な賃貸に移ったほうが、お金の面でも、暮らしのフットワークの面でも、いいんじゃないか。

それが、すべての始まりだった。

この「あれ?」の正体を、私は感情ではなく、数字で確かめてみることにした。

第2章「持ち家の本当のコストは月9.7万円だった」へ続く

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